大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)686号 判決 1974年10月17日
原告
千喜善
被告
吉田太郎こと曺福圭
主文
1 被告は原告に対し、金九、九〇一、七三八円およびうち金九、四〇一、七三八円に対する昭和四五年二月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金二二、七七三、八九二円およびうち金二二、二七三、八九二円に対する昭和四五年二月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
一 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四五年二月二六日午前一一時四〇分頃
2 場所 岡山県和気郡備前町西片上一一七九番地の一先道路(国道二号線)上
3 加害車 普通貨物自動車(大阪一に一九二四号)
右運転者 被告
右同乗者兼被害者 亡李龍守(以下亡李という)
4 態様 西から東に向つて進行していた加害車が、対向してきた勝沼昭運転の大型トレーラー保冷車(牽引車、横浜一き七五七四号、被牽引車横浜一き四八三二号、以下勝沼車という)に衝突し、亡李は車外に投げ出された。
二 責任原因(一般不法行為責任)
被告は加害車を運転中、中央線を超えて対向車線に進入した過失により、本件事故を発生させた。
三 損害
1 受傷、死亡
亡李は本件事故により頭蓋底骨折等の傷害を受け、そのため昭和四五年二月二七日死亡した。
2 死亡による逸失利益
亡李は事故当時二一才で、安原商店にトラツク持込みの運転手として勤務し、一か月平均一三〇、〇〇〇円の収入を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から四二年、生活費は一か月四三、〇〇〇円と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二三、二七三、八九二円となる。
3 相続
原告は亡李の母で同人の唯一の相続人であるところ、同人の死亡により同人の権利を相続した。
4 慰藉料 四、〇〇〇、〇〇〇円
(亡李の死亡による原告の固有の慰藉料)
5 弁護士費用 五〇〇、〇〇〇円
四 損害の填補
原告は自賠責保険から五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けた。
五 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一は認める。
二は争う。
三のうち3は認め、その余は争う。
四は認める。
第四被告の主張
一 被告の無過失
前記本件事故現場の道路は、対向各一車線の幅員の狭少な道路で、追越し禁止区域に指定され、事故当日は雨天であつた。
被告は加害車を運転して西から東に向つて時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で進行していたのであるが、事故現場附近にさしかかつた際、反対方向から勝沼車が加害車と同程度で進行してくるのを認めたが、両車の間隔が約四〇メートルに接近したころ、突然勝沼車の後方を追随していた乗用車が勝沼車を追越そうとして中央線を越え、加害車の進路前方に進入してきたので、被告はこれとの衝突を回避すべく制動をかけたところ、路面が濡れていたため後部車輪がスリツプし、加害車後部が中央線を越えて反対車線に進入し、勝沼車と衝突したものである。
被告は、制限速度の範囲内で交通法規内で交通法規を遵守しながら走行していたものであるところ、前記乗用車が無謀にも追越禁止に違反して突然勝沼車の陰から追い越しのため中央線を越えて進行して来たのであつて、自動車運転者としてはこのような無謀な車両があることを予見することは、不可能というべきであり、また、前記のとおり本件事故現場道路は幅員が狭少で左に避譲しうる余地がなかつたのであるから、前記乗用車との衝突を回避するため被告が制動措置を講じたことは適切であつて何ら過失は存在しないものというべきである。
二 責任の消滅
被告に仮に過失が認められるとしても以下の理由からその責任は免責されるべきである。
1 判例は運転者の好意により自動車に同乗した者が、その自動車の事故により損害を蒙つた場合の、いわゆる「好意同乗」の事例において、同乗者自身において事故発生の危険性が極めて高いような状況を現出させたり、あるいはそのような客観的事情が存することを知りながらあえて同乗した場合は運転者の責任が否定されるとするが、本件の以下の諸事情によれば右の判旨に該当し、公平の観念からしても原告に請求権は認められないと云うべきである。
(一) 被告に過失が認められるとしてもその程度は極めて軽微であること。
(二) 本件走行は被告が亡李に誘われ、個人的関係からもつぱら亡李の利益のために岡山まで同道したものであること。
(三) 事故現場の七ないし八キロメートル手前の地点で、亡李が「夜通しの運転で疲れたし、ねむいのでちよつと運転を代つてくれ」と被告に申し出たが、被告が地理不案内と加害車両に乗り慣れていないことを理由に運転の交替を固辞したにも拘らず、亡李が執拗に依頼するので原告はやむを得ずこれを引き受けたこと。
(四) 交替後の被告の運転行為は同乗者である亡李との関係においては、その運行につき自己の利益を有せず、もつぱら同乗者である亡李の利益のために運転されていた途上の事故であること。
(五) 亡李が会社のための業務に従事中被告と運転を交替することは就業規則にも違反し、会社から禁止されている事を充分知悉しながら運転の交替を要求したもので、交替運転による危険を容認したと考えられること。
(六) 被告は亡李とその対価の約束もなく無償で運転を交替したものであること。
(七) 被告が運転を交替した経緯からして、被告は亡李に対する従属・迎合関係が認められ、亡李も未だ運転者たる地位を完全に離脱していないと認められること。
2 亡李としては、就業中、社用車を第三者である運転に不慣れな被告に加害車両の運転の交替を要求することは会社の職務規定にも違反し、交通の安全確保の見地からも充分非難されなければならず、亡李としては事故発生の危険があることを十分予見し得たものと云うべきである。
にもかかわらず、加害車に不慣れな被告にハンドルを握らせその結果、被告が本件事故を惹起したものであるから亡李が運転を交替したこと自体に過失があるし、更には被告の運転行為により害悪を蒙つた場合は甘受する趣旨の合意が成立したと認められるべきである。けだし亡李は被告の過失行為を誘発現出しながら「被告の運転」という形式面に藉口してその賠償請求を認めることは背理と称すべきだからである。
3 前記の如く、亡李が被告と運転を交替したこと自体に過失が認められる。とすれば、被告が亡李以外の第三者に損害を与え第三者から損害請求を受けた場合は訴外亡李龍守も被告と連帯して共同不法行為責任を負担することになり、結局、本件では亡李は被害者であると同時に加害者の一面も具備している訳である。
以上の事から、混同の法理の援用により原告の被害者としての賠償請求権は加害者としての原告の立場と混同消滅し、被告への請求は許されないと云うべきである。
第五被告の主張に対する原告の答弁
争う。
理由
第一事故の発生
請求原因一(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。
第二責任原因
〔証拠略〕を綜合すれば、
1 本件事故現場は、東西に通じる幅員約九・五メートルの歩車道の区別のないコンクリート舗装の平坦な直線道路(国道二号線、以下本件道路という)上で、本件道路は中央線により東行、西行の各車線(各一車線)に区分され、道路両側にはガードレールが設置されており、事故現場附近では西から東にかけてゆるやかな下り匂配となつていること、
2 本件道路は、駐車禁止区域に指定されているほかは格別交通規制はなされておらず、自動車の交通はひんぱんであつて、本件事故当時は降雨中で路面が湿潤し、滑走しやすい状態であつたこと、
3 被告は加害車を運転し、本件道路東行車線を中央線から約〇・七五メートル離れて西から東に向つて時速五〇ないし五五キロメートルの速度で進行し、本件事故現場手前にさしかかつた際、本件道路西行車線上を対向して進行していた前記勝沼車の右後方から小型トラツクが同車を追い越そうとして加害車の進路上に進出して来るのを約八二メートル前方に認め、直ちに急制動の措置をとつたところ、前記のとおり路面が降雨のため湿潤していたうえ、本件道路が加害車の進行方向に向つてゆるやかな下り勾配となつていたため加害車をスリツプさせて右斜め前方の反対車線上に進入させ、前記勝沼車の前部に加害車前部を衝突させて勝沼車を本件道路の南側約五メートル下に敷設されている国鉄赤穂線線路上に転落させ、かつ右衝撃により加害車の助手席に同乗中の亡李に後記傷害を与えて死亡させたこと、
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件事故当時は降雨中で路面が湿潤し、滑走しやすい状態であつたうえ、本件道路は加害車の進行方向に向つてゆるやかな下り勾配になつていたのであるから、かような場所を走行する自動車運転者としては、法定速度よりも相当減速して進行するとともに、制動措置をとる場合には滑走を避けるため、急激な制動をさしひかえて減速措置をとるなどしたうえ、慎重にブレーキ操作を行うべき注意義務があるのに、被告は右の注意義務を怠り、時速五〇ないし五五キロメートルの速度で進行したうえ、約八二メートル前方に前記小型トラツクを発見すると同時に急激な制動措置をとつた過失により、加害車をスリツプさせて反対車線に進入させ、本件事故を発生させたものであることが認められる。
よつて、被告は、民法七〇九条にもとずき、後記責任の消滅の主張が認められない限り、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
なお被告は、前記勝沼車の後方から中央線を越えて加害車の進路上に進入して来る車両があることは被告にとつて予見不可能であり、また、被告のとつた制動措置は適切かつやむをえないものであつたと主張するが、前認定の事実によれば、被告は、前記小型トラツクが中央線を越えようとしているのをすでに約八二メートル前方に現実に発見しているのであるから、右発見時において、直ちに急制動の措置をとる以外には方法がない程に同トラツクとの衝突の危険がさし迫つていたものとは考えられず、また、前認定の本件事故当時の道路状況および加害車の速度に照らすと、かような場合の急制動措置は、加害車の滑走を招来する可能性の大きい危険な行為であつて、自動車運転者としてはかような運転方法をとるべきでないことが明らかであるから、被告の右主張は失当である。
第三被告の主張二(責任の消滅)に対する判断
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
1 亡李と被告とは中学時代からの友人で、かねてより親しく交際していたこと。
2 亡李は、本件事故当時、千原商店にトラツク運転手として勤務していたところ、本件事故の前日、同商店の荷物の運搬のため大阪から岡山まで加害車を運転して行くことになり、長距離の運転でもあることから、運転中の話し相手として、当時大型免許をとるため自動車学校に通学していた被告に同行を勧誘し、被告がこれを承諾して同行するようになつたこと。
3 事故当日の午前一時半ころ、亡李が千原商店の荷物を積んで加害車を運転して大阪を出発し、同日午前八時ころ、岡山市内の目的地に到着したが、その間は亡李が加害車を運転し、被告は助手席で亡李と雑談したり仮眠をとつたりしていたこと。
4 亡李らは目的地で約一時間程かかつて積荷を下ろした後、大阪に戻ることになり、国鉄岡山駅の手前の食堂で朝食をとり、休憩した際、亡李が被告に対し運転を代つてくれと頼んだので、被告は亡李が疲れたものと思い、自分も普通免許を持つているからということで、特に反対することもなく好意的にこれを承諾し、約三〇分後に被告が加害車を運転して国道二号線を大阪に向つて出発したこと、亡李は当初は助手席でうとうとしていたが、事故の三、四〇分前頃には目をさまして事故前まで被告と時々雑談していたこと
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上認定の事実によれば、本件事故は、亡李が友人である被告の運転する加害車に同乗していた際の事故であるが、その同乗の態様は、当初加害車を運転していた亡李の依頼により、被告が同人への好意から途中で任意に運転を交替し、亡李が助手席に同乗していたというものにすぎず、被告が主張するように、亡李自身において事故発生の危険性が極めて高いような状況を現出させたり、あるいは、そのような客観的事情が存することを知りながらあえて同乗したものということはできないから、亡李が勤務先における本来の用務である加害車の運転を被告に無償で委ねていた間に本件事故が発生したという点を考慮にいれても、いまだ、信義則ないし公平の観念上、原告の損害賠償請求を全面的に否定すべきものとは認められない(但し、前記同乗の経緯は、慰藉料算定に際し、これを十分斟酌するものとする)。
よつて、被告の主張二の1は失当である。
また、被告が主張するように亡李が被告と運転を交替した点に過失があること、あるいは被告の運転行為により害悪を蒙つた場合には甘受する旨の合意が被告と亡李との間で成立したことを認めるに足りる証拠はないから、同二の2、3はその余の点について判断するまでもなくいずれも失当である。
第四損害
一 受傷、死亡
〔証拠略〕によれば請求原因三の1(亡李の受傷死亡)の事実が認められる。
二 死亡による逸失利益
〔証拠略〕を総合すれば、亡李は本件事故当時二一才で、昭和四三年ころから昭和四四年一二月末日まで、安原商店にいわゆる車持込みの運転手として勤務していたが、自己の使用しているトラツクが老朽化したため、昭和四五年一月からは同商店の仕事は一時中断し、後日右トラツクを修理するか新車を購入したうえで再び同商店へ勤務することになつていたこと、同商店の仕事を再開するまでのつなぎとして昭和四五年二月中旬から事故の日まで千原商店に車持込みでない通常の運転手として勤務していたが事故当時いまだ給与の支払を受けていなかつたことが認められるので、亡李の死亡による逸失利益算定に際しては事故の前年度の勤務先である安原商店における収入を基礎とするのが相当である。
そこで、〔証拠略〕によれば、亡李は、昭和四四年度において安原商店から年間合計一、五六九、〇〇〇円の総収入を得ていたこと、持込み車両のガソリン代、償却費、修理代、保険料等の必要経費として一か月五〇、〇〇〇円、年間合計六〇〇、〇〇〇円を要したことが認められるので、同人の昭和四四年度における純収入は九六九、〇〇〇円となる。そして同人の就労可能年数は死亡時から四六年、生活費は収入の五〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一一、四〇一、七三八円となる。
(算式 九六九、〇〇〇円×〇・五×二三、五三三)
三 相続
請求原因三の3(相続)の事実は当事者間に争いがない。
四 慰藉料
本件事故の態様、亡李の年令、親族関係等に前認定の亡李が加害車に同乗するに至つた経緯をも考えあわせると、原告の慰藉料額は三、〇〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
第五損害の填補
請求原因四の事実は、当事者間に争がない。
よつて原告の前記損害額から右填補分五、〇〇〇、〇〇〇円を差引くと、残損害額は九、四〇一、七三八円となる。
第六弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は五〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
第七結論
よつて被告は、原告に対し、九、九〇一、七三八円、およびうち弁護士費用を除く九、四〇一、七三八円に対する本件不法行為の日の後である昭和四五年二月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村正策 二井矢敏朗 柳田幸三)